夢に翼を。ベトナム「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」が築く未来への架け橋

日本から約4,000km離れたベトナム・ホーチミン。その中心部に、日本とベトナムをつなぐ未来の担い手を育てる「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」があります。この学校では、日本での就労を目指すベトナムの若者たちが、語学だけでなく日本の文化や価値観、ビジネスマナーなどを真剣に学んでいます。

今回、「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」でKOL(キーオピニオンリーダー)として活躍するShihoさんの案内のもと、この特色ある教育現場を訪問。熱心に学ぶ学生たちと、彼らを支える情熱的な先生たちの姿を通して、国を越えてつながる夢と学びのストーリーをお届けします。

ESUHAI / KAIZEN吉田スクール
ESUHAI社は、2006年にベトナム出身の実業家レ・ロン・ソン氏が創業したベトナム・日本間の人材育成・派遣会社。そのグループ教育機関であるKAIZEN吉田スクールは、2006年8月にKAIZEN日本語学校として設立され、2008年からは日本の実業家・吉田允昭氏の支援を受け、技術者コースを設立するなど事業を拡大。2013年にはJICAの支援を受け専用校舎を新設し、現在はベトナム各地に12の分校を展開している。
ESUHAI公式サイトKAIZEN吉田スクール公式サイト

時代を疾走する街・ホーチミンで「学びの情熱」にふれる旅のはじまり

バイクのクラクションが鳴り響くホーチミンの街。その熱気は想像をはるかに超えていました。

初めて訪れたベトナムの印象は「活気」の一言に尽きます。ビルの間を縫うように数え切れないほどのバイクが行き交い、雑貨や果物を売る人々の声が屋台から響く一方で、路上で生活する人々の姿も目にします。今まさに大きな変革期にある国の姿が、街の景色には映し出されていました。

そんなホーチミンの中心部に位置する「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」。1階のロビーに一歩足を踏み入れると、すでに特別な雰囲気が感じられました。

すれ違う誰もが立ち止まり、目を見て「こんにちは」と頭を下げてくれます。エレベーターを待つ短い時間にも、学生さんが「少々お待ちくださいね」と自然な日本語で声をかけてくれました。日本のおもてなしの心を感じさせる丁寧な対応に、「この学校では語学教育以上の何かが育まれている」と感じながら、校内を案内していただきました。

語学学校の枠を超えた「日本の価値観を伝える」教育

「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」は、日本での就労を目指すベトナムの若者たちのための教育機関です。日本語の基礎やビジネスコミュニケーションなどの語学学習に加え、日本の職場で求められる実践的スキル――たとえば、「報・連・相」「5S(※)」など――を体系的に学ぶほか、社会人基礎力や専門スキルを育てる独自の教育機関「Pro Skills」での学びを通じて、自立した人材の育成を目指しています。

※5S・・・日本の製造業の現場で重視される基本的な考え方。「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の5つを意味する

学生たちは、日本語の授業に加えて、着物の試着や折り紙、日本語の歌や振り付けを体験する文化活動や、「ジャパン ベトナム フェスティバル」など地域イベントへの参加を通じて、日本文化への理解を深めています。さらに「ODEN」と呼ばれる特別な講話では、ESUHAIグループ代表のレ・ロン・ソン社長が仕事や人生について語り、実務的な知識だけでなく長期的な成長を見据えた気づきや学びの機会を、学生たちに提供しています。

校内の階段には「謙遜する」「恩を返す」「誠実」といった、日本で大切にされている価値観を表す言葉が掲げられていました。最上階には小さな日本庭園も設けられ、日常的に日本文化にふれながら学んでいるようです。

「KAIZEN」という校名には、ベトナムの人々の働き方や社会を「改善」したいという願いが込められているそうです。「改善」を意味する言葉はベトナム語にもあるものの、日本語の「KAIZEN」には、“日々少しずつ努力を重ね、継続的に前進していく”というニュアンスがより強く含まれているとのこと。その本質を学生たちに伝えたいという想いから、あえて日本語そのままの「KAIZEN」を校名に冠したのだといいます。

そして、この言葉に込められた精神は、学校の教育方針にも色濃く反映されています。単に技能を習得するだけでなく、自主性を高め、自立心・自律心を持った人材として成長していくこと。そして、日本とベトナムの架け橋となる人材を育てること。そんな高い志を持った教育機関なのです。

学ぶ熱量の高さは「目指す未来」があるからこそ

そのあと、授業中の教室を見学させていただきました。アン先生の教室を訪れると、30名ほどの学生さんたちが温かく迎えてくれました。5ヶ月間日本語を学んできたこのクラスでは、日本語の基礎をしっかりと身につけることに力を入れています。

授業では、日本でよく目にする「注意」や「撮影禁止」「飲食禁止」といった標識の意味を学んでいました。アン先生は、一つひとつの言葉の意味を丁寧に解説し、学生たちは熱心にノートを取ります。

その後は発音練習の時間に。Shiho先生と学生さんたちが交互に繰り返し発音していきます。一人ひとりが発表する場面では、少し緊張した面持ちながらも、はっきりとした声で練習の成果を披露していました。

授業の様子で特に印象的だったのは、学生さんたちの元気な声と積極的な姿勢です。先生の説明が終わるやいなや、教わったばかりの日本語を小さく呟いて復習する姿も。

「日本での就職が決まっているからこそ、学生さんの学ぶモチベーションはとても高いですね」とShiho先生。その説明のとおり、明確な目標を持って学ぶ皆さんの姿勢からは、並々ならぬ意欲を感じました。

ベトナムの若者が語る「日本で働きたい理由」とは?

今回特別に、Shiho先生が学生たちへ日本語インタビューをしてくれました。「なぜ日本に行きたいのですか?」というシンプルな質問に答える学生さんたち。そこに意外な共通点が――。

「私は日本の食品会社で働きたいです。日本の食品の基準や安全性を学びたいからです」「私も日本で食品に関わる仕事をしたいです」と、複数の学生さんが同じ夢を語ったのです。

Shiho先生によると「ベトナムと日本では食品の衛生管理の基準に差があります。日本の高い衛生基準や品質管理の技術を学び、いずれはその知識をベトナムに持ち帰りたいと考えている学生は少なくない」そうです。

学生さんたちの目には、単に日本で働くというよりも、具体的な技術や知識を習得したいという強い意志が感じられました。そして、日本の食品産業の品質や安全性が、遠く離れたベトナムの若者たちにとってキャリアの目標になっているという事実に、新鮮な驚きを覚えたのでした。

「未来を導く仕事」に誇りを持つ4人の先生たち

さて、ベトナムには「教師の日」という記念日があります。1958年に制定された、教育者への感謝を示す大切な記念日です。「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」では、教師の日に向けた特別なイベントが予定されており、4人のベトナム人教師の皆さんが披露する日本語スピーチの練習風景を見学することができました。

フエン・アン先生「学生たちの成長が何よりの喜び」

「私は人と接することが大好きです。この学校で日本語教師として働くようになってからは、多くの学生との出会いと彼らの成長を見守ることが何よりの喜びになっています」とフエン・アン先生は語り始めました。

学生たちが初めて日本語で挨拶できたときの笑顔、面接に合格したときの嬉しそうな表情――それらすべてが私の原動力になります。学生たちの頑張りが私の心に火を灯してくれるんです」

その言葉からは、一人ひとりの成長に寄り添う教師としての深い愛情が感じられました。

ホー・ハン先生「教師は天職、学校は家族」

15年間「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」で指導してきたホー・ハン先生は、「KAIZEN(改善)」という校名に込められた意味を熱く語ります。

「私たちは単に日本語を教えるだけでなく、若者たちが人として成長し、良い仕事に就けるよう導くことを目指しています。この学校はベトナムの若者たちが自分自身の可能性を広げながら、同時に母国の発展にも貢献できる人材になるための場所なのです。学生たちは日本で学んだ知識や技術を持ち帰り、ベトナム社会全体を豊かにしていくことができるんです」

15年という歳月は、本当に大切なものに気づく貴重な時間だったと、言葉に熱がこもります。

「ここで学び、人生を切り拓いていった若者たちの幸せは私の幸せであり、会社全体の幸せでもあります。私にとって教師は天職であり、この学校は私の家族そのものです」

タン・イェン先生「学生たちの人生の伴走者でありたい」

教師歴7年目のタン・イェン先生は、情熱を込めてこれからの抱負を語ります。

「日本語教師として7年目、私はまだまだ学び続けたいと思っています。学生たちに豊かな日本語を伝えるために、自分自身も日々成長していきたい。教室では、私こそが学生から多くを学んでいるのかもしれません」

最近では学生の心の問題にも向き合うようになったといいます。「ある学生が家庭の事情で勉強に集中できないと相談してくれたとき、私は言葉だけでなく心のケアも大切だと気づきました。これからは心理学も学んで、学生の人生の伴走者としても成長していきたいです」と、教師としての視野を広げる決意を語りました。

トゥ・ハン先生「母校に戻ってきたからこそ、つながりの大切さを伝えたい」

最後に語ってくれたトゥ・ハン先生は、かつてKAIZEN吉田スクールの学生でした。

「日本語を学ぶなかで、言語だけでなく日本の文化や価値観にふれ、視野が広がりました。特に日本人の生き方から多くを学び、私も前向きに成長できるようになりました」

その後、日本での実習機会を得た彼女は、その経験を次の世代に還元するため、教師として母校に戻ってきました。「学生に自分の経験から学んだことを伝えられる仕事は、私にとってとても特別なものです。皆さんの未来に少しでも貢献できれば、これほど嬉しいことはありません」

「私はかつて学生として苦労した経験があるからこそ、学生たちの悩みが理解できます。温かく支え合う環境のなかで、日本語だけでなく、人とのつながりの大切さを伝えたい。これが私がこの学校で教師をする理由です」

4人の先生たちのスピーチからは、教師という仕事への誇りと、学生たちへの深い愛情が伝わってきました。単なる語学教育の枠を超えて、一人ひとりの人生に寄り添い、その成長を支えたいという強い想いにとても感銘を受けました。

「日本はいい国であってほしい」――その言葉が私たちに問いかけるもの

今回の見学を終えて、私のなかで大きく変わったものがありました。それは、日本に対する見方です。

ベトナムの現状について、副校長の清水先生は興味深い話を聞かせてくれました。社会保障制度はまだ発展途上で、働けなくなった親の面倒は働く子どもが見なければならない。労働人口に対して企業数が圧倒的に少なく、学業で好成績を収めても、十分な収入を得られる仕事に就けるのはごく一部の人たちだけなのだといいます。

そんななか、「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」の学生さんたちは、日本の素晴らしい点(勤勉さ、高い衛生基準、充実した社会保障)を高く評価し、それを学ぼうとしています。彼らの真摯な姿勢にふれ、私は日本の価値を改めて認識することができました。

「ベトナムから来る人たちが日本でがっかりしないように、日本にはいい国であってほしい。私も自分にできることを模索しています」というShiho先生の言葉が、強く心に響きました。

教育という夢の種が、国を越えて芽吹く未来へ

異なる文化や背景を持つ人々との出会いは、新たな気づきを与えてくれます。今回のベトナム訪問では、教える側も学ぶ側もともに成長し、学びが次の世代に、そして国の発展へとつながっていく可能性を間近で感じることができました。教育は夢を育む種。その本質を「ESUHAI / KAIZEN吉田スクール」に学ぶ有意義な旅となりました。

取材にご協力いただいたフエン・アン先生(写真左)、Shiho先生(右)、本当にありがとうございました!

夢つむぐ学校制作メンバー

取材・執筆・撮影:間宮まさかず(X / note